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2007年4月30日 (月)

わが友 桜井啓子さん

友人が亡くなった。

4月のはじめにくも膜下出血で倒れ、幸運にも一命をとりとめ療養していた。すこしずづだが良くなってきていると、看護師さんの目を盗んで携帯メールを送ってくれていたのに、数日前に容態が急変し、27日晩帰らぬ人となった。

彼女は、よき妻よき母よき教師そしてよき友だった。ある市民活動で同席し、話しているうちに意気投合して以来親しくしていた。豪快そうに見えて実は繊細な神経を持つ、優しい人だった。私が心配事をこっそり隠し持っているときなど、あっさり見抜いてしまい「何悩んでるの?心配しなさんな、物事は良いように動いていくものよ。あはは。」と笑い飛ばしてくれることがあり、彼女の笑顔に何度助けられたことか。

たらふくお酒を飲んでの帰り道、アイドルのコンサート帰りの教え子にバッタリ会ってしまったことがあった。彼女の勤務していた中学では、夜の外出は保護者同伴という規則があったらしい。生徒二人で来ていた子達は、すっかりしょげ返っているのを彼女は叱らず「偶然だね!先生も楽しかった。あなたたちも楽しかったんでしょう?良かった良かった。コンサートの話聞かせてよ。さあさあ帰ろう。」と言って一緒に帰って行った。

大阪の友人と京都で落ち合い、遊んだとき、祇園の鯖すしの名店で昼食をとった。とてもおいしく、ひとしきり花が咲いた後、「こんなおいしいお寿司、入院している友達に食べさせたくなった。」と言い、おみやげを作ってもらうと「じゃあ私、帰るわ。」と、さっさと名古屋へ戻っていった。その頃、交通事故で大怪我をした友人を毎日のように見舞って世話をしていた。このおすしなら、手の不自由な友人でも簡単に食べられると思いついたら、矢も立てもたまらず、新幹線に飛び乗ったそうだ。

昨日のお通夜、彼女を通じて知り合った彼女の古くからの友人の顔も多数あり、一緒に悲嘆にくれた。焼香が始まった。現役で亡くなったのだから仕事関係の参列が多いとは思っていたが、それにしても大勢の参列だった。そして教え子の多いこと。中学生はもちろんのこと、高校、大学生、社会人と思しい青年たちもいた。お通夜の前から泣いてばかりいたが、若者たちの列を見て、彼女がやってきたことは間違いがなかったのだと、わが友人が誇らしくなった。

この光景を彼女は見てどう思っているのだろうか?「急にこんなことになってごめんね。休みの日に悪いわねぇ。」笑顔の写真がそんなふうに言っているような気がした。

私は、魂の存在を信じている。残念なことに肉体は滅びたが、彼女の魂は「ある」のだと思う。それがどう「ある」のか私には判らないが、必ず「ある」と信じている。これからも彼女はどこかに存在する。いつか私が魂になったとき、会うこともできるだろうし、またお互い肉体に宿り再会することもあるのではないだろうか?決してこれで終わりではないと思う。

きょうは葬儀。この世の啓子さんにいったんお別れをすることにしよう。たくさんの感謝をこめて。

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