言葉の綾
お偉いかたが「高齢者は働くことしか能がない」とおっしゃったとか。
あのおかたの失言は今にはじまったことではないのに、皆さん目くじらを立てて糾弾なさっている。
確かによろしくない発言ではあるが、前後の話を総合すれば、言いたかったことは理解できる。言葉じりを捕まえて、批判する暇があったらこの国をどうしてゆくべきか?もっと前向きなご意見をうかがいたいものだ。
(特別あのかたの肩を持つ気はさらさらないが)「はなし」というものは多少のスパイスが効いていないと、聞く側としては退屈してしまう。ちょっとの毒がおいしい…フグの危ういおいしさってあると思う。ちょっとした毒や辛味を「なかなか言うじゃない」とニヤリと笑う心の余裕やウイットも欲しいと思うのは、時々「舌禍」を起こす私だけだろうか?
あるとき、辛口のジョークを吐くと、「あなたがそんな冷徹で優しさのかけらもない人だとは思わなかった。私は大変傷ついた。この傷ついた心をどうしてくれる・・・以下クドクド・・・(結論は手をついて謝れという意味)」まあびっくりするほどのお叱り大長編メールを頂戴したことがある。(お叱りメールで私もかなり傷ついたんだけど) 結局、私は手をついては謝らず、その方とは絶交した。←要はえらい方の失言から連想して、これが言いたかっただけ
誰にでも受け入れられる、皆に理解してもらえるということを主眼として文章を作る(話す)と、間違いなく面白くなくなるのではないだろうか?そんな言葉など心に響きはしないと私は思う。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)


最近のコメント